遠隔ヒーリングの歴史

遠隔ヒーリング(レイキヒーリング)の発祥

創始者である臼井甕男氏(うすいみかお 1865年〜1926年 岐阜出身)が、1922年(57歳)3月に鞍馬山で21日間断食修行中に悟りを開き、同時にヒーリンング能力も開花した。

 

臼井みかお
※ウィキペディアより引用

 

☆1922年4月
東京・青山に「臼井霊気療法学会」を設立
レイキのアチューンメント、レイキ療法の伝授を開始

 

※アチューンメント…神聖なエネルギー伝授の儀式。ティーチャーがアチューンメントを受ける人間に対し、レイキ・エネルギーの通り道である頭頂部分の回路(パイプ)を開いたり、パイプの詰まりを取る作業

 

☆1923年9月
関東大震災発生。多くの負傷者を救済した。

 

 

☆1925年2月
学会の発展に伴い、中野に道場を移転。
臼井式霊気は「手当て療法の中興の祖」とも仰がれた。

 

 

☆1926年3月9日
広島県福山で脳溢血のため急逝(享年62歳)

 

 

当時は臼井氏だけでなく、何人もの手当て療法家が現れました。手当て療法を受ける人々も100万人以上と言われるほどでした。

 

これは、臼井氏の霊能力を目の当たりにした人々が、熱狂的に臼井氏を支持していたためと言われています。

 

しかし、彼の死や戦後の混乱で、レイキは一時発祥の地日本から姿を消すこととなりました。

 

 

戦後

 

もっとも手当て療法自体は、人間が産まれ出た何万年も前からあったもので、明治の西洋崇拝の考えが蔓延するまでは、日本人の得意とする心と精神から生まれた自然の力を活用する方法でした。

臼井氏の門下生

・林忠次郎 (はやしちゅうじろう)…軍医。21番目の師範。基本の12ポジションを考案した。

 

・高田ハワヨ (たかたはわよ)…ハワイ在住日系2世。手術を受けるため日本に来たが、林氏のレイキ療法により手術はせず奇跡的に胆のう障害が8カ月で完治。後に林氏からレイキ・マスターの訓練を受ける。

 

林氏は東洋医学による全身の経路を始め、ツボやチャクラなどのエネルギーセンターを重視しました。
これらの研究成果が今現在の「西洋式」と言われるレイキ療法の基本12ポジションやアチューンメント方式の原型になっていると考えられ、世界中で活用されています。

 

 

一方、レイキ療法で元気になった高田女史は、林氏の元で一年間レイキ療法を学びます。
ハワイに帰国後、現地にてレイキ・クリニックを開きました。

 

 

ハワイ

 

 

高田女史の存在がなければ、レイキ療法が欧米諸国(ハワイ・アメリカ本土・カナダ・ドイツ・オーストラリア)等で爆発的に伝播することはなかったでしょう。

海外からの逆輸入

1945年に起きた関東大空襲によってレイキ関係者が多数死亡しました。

 

瓦礫

 

ほとんどの関連資料が焼けてしまい、さらに第二次世界大戦の敗戦を期にレイキは自然消滅してしまったのです。

 

 

1980年代初頭、高田女史の孫であるフィリス・レイ・フルモト氏を中心とした団体や文化人類学者であるバーバラ・ウィーバー・レイ氏の設立した団体の功績により、『西洋式のレイキ療法』は劇的に発展を遂げ、世界的な知名度を持つまでになりました。

 

特に治療技術としてのレイキ療法には工夫や改良が加えられ、現代医学との提携やボディワークに取り入られるようになりました。

 

 

1980年代後半、海外で発展した各種の流れを汲む『西洋式レイキ』が日本国内に逆輸入され、カタカナ表記の「レイキ」として普及し始めたのです。

 

現在、全世界には1000万人以上のレイキ・プラクティショナー(実践者)及びレイキティーチャーが存在します。

 

特に欧米では、レイキ療法は認知度も高く、大学や医療現場でも活用されています。

 

また英国では医師との連携の元レイキ療法に健康保険が適用されたり、米国では医療系の大学でレイキ療法の授業が行われるなど、市民権を得るほどに海外ではポピュラーです。

 

各国にレイキ協会が設立される動きも見られ、欧米にはレイキ・クリニックも多数あります。

 

なお、現在日本国内においては15万人ものレイキ・プラクティショナーが存在していると言われています。


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